天白村が農業で生計を立てていた時代の名残

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 相生山緑地の桜並木を西に行くと、リンゴ園がある。秋になると今でもたわわに赤い実をつける。いまの時期はリンゴの出荷も終えて、裸の幹が整備され収穫の秋に備えて準備する。
 綿の木を見つけた。綿の花が噴出している。
 リンゴにしろ、綿にしろ、明治時代から戦後にかけて、この地域の人々の生活を支える生産物であった。その名残がここに見かけられる。

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このページは、essahoiが2011年3月10日 14:00に書いたブログ記事です。

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