野波にある八剣神社と鎌倉街道

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 天白区野並に所用があって出かけたので、ついでに以前から行きたかった八剣社と鎌倉街道に行ってきた。鎌倉街道とは、鎌倉幕府開設(1180年半ば)以来創られた、各地から鎌倉へ向かう中世の古道。

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野並の八剣社 鎌倉街道(上の道) 保存樹のクスノキ
東海通側から撮影
『愛知縣神社名鑑』はこの神社についてこう書いている。
「創建縁由は明かではない。古くより古鳴海の八劔社として崇敬あつく、明治5年7月26日、村社に列格する。大正元年12月5日、境内神社の内、六所神社と熱田社の祭神を合祀した」
 神社の裏側を撮影。鎌倉街道の一部が残っている。奥行方向が北方向。
 鎌倉街道は年魚地潟(あゆちがた)では3道に分かれていたらしい(下図参照)。八剣社の裏側の道は(上の道)になる。
境内にある。
樹齢、状態は不明。
名古屋市内のクスノキは10本が保存樹に指定されている。
 保存樹木は、健全で、かつ樹容が美観上特に優れていること。

 下の図面はWebページ「まちもよう」(http://www.matimoyou.com/index.html))から参照させていただきました。

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八剣社まわりの鎌倉街道の在り処

 年魚地潟(あゆちがた)周辺の鎌倉街道は、天白川・山崎川による土砂沖積及び干潟の陸地化、そして干拓等で地理が変化し、幾つもの経路が伝えられている。松巨島(まつこしま)を中心にした鎌倉街道は、代表的なルートを図示したものであり、これ以外に伝承がある。

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このページは、essahoiが2019年7月 8日 15:29に書いたブログ記事です。

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