生産設備準備のリードタイムを短縮するための研究には長い歴史がある。現在の産業用ロボットの原型であるVicArm(後にPumaロボットとしてUnimation社から発売)も、もとはといえば米国Stanford大学Computer Science Departmentの研究者たちが1970年当初に機械組立て作業の生産準備時間の短縮を目指して始めた"AL,A Programming Sysytem for Automation"の研究過程で生まれたものである。
ALの成果は現在の市販ロボットの言語の原型となったVAL(Pumaロボットの言語)で結実した。しかし、ロボットの動作を明示的に記述するレベルの機能(ロボット指向プログラミング)しかないVAL、または対象物の動きを明示的に記述するレベルの機能にとどまっているALレベルの言語では生産準備のリードタイムを低減するのにわずかな効果しかない。
2006年5月アーカイブ
理想的には生産準備のための人間の頭脳作業を全部コンピュータ化すれば、準備時間は限りなくゼロに近づけられる理屈であるが(実際には設備の製造・設置に時間がかかるのでゼロにはなりえない。ストックされている設備を再利用すれば、設備の設置時間だけにすることはできる)、現実には技術はそこまではとても到達できていない。キーテクノロジはロボットの動きをプログラムするロボット指向プログラミングではなく、作業の最終目標を与えるとそれを実現するロボットの動作を自動的に発生してくれる作業レベル(または作業指向)プログラミングである。 研究例は古く、1977年にIBMからAUTOPASSシステム(Lieberman および Wesley)が発表されたが、その後は研究が中断されている。
いよいよ今年の11月にPS3の発売が開始される。今日の朝日新聞朝刊でソニー・コンピュータエンターテインメント社の久多良木社長がPS3について語っていた。PS3は「ソニーグループどころか全産業界の命運を握っている。コンピュータ産業と家電産業、ゲーム産業はほとんど融合すると思う。PS3はそうした時代に家庭内で多様な機能を満たすコンピュータシステムとして、大きな可能性がある」そうだ。PS3はソニーが新開発したCellコンピュータで駆動されている。Cellコンピュータはマルチメディア時代の情報処理システムが必然的にリアルタイム分散処理になることを見越して開発されたマルチプロセッサによるリアルタイム並行処理システムと思われる。
似たような狙い(?)で1980年代に旧インモス社(英国)で開発されたトランスピュータ(分散処理型コンピュータ、専用言語はOccam)がある。複数のプロセッサを高速通信回線で結んで、それらの並列処理でトータルとしての処理速度を高めようという狙いだったと記憶している。大いに期待されたが、そのうちに姿を消してしまった。その後の汎用マイクロプロセッサの演算速度の向上や価格低下が著しく、トランスピュータがそれらに追いつけなかったためと思われる。
今回もまた、汎用のマイクロプロセッサの演算速度の向上の限界が予測される中で、ソニーが開発に踏み切ったわけである。今回はゲーム機という具体的な用途を明確した中での開発であり、ソニーでなければ出せないような高額な開発費を投入した中でのデビューである点がトランスピュータの場合と異なっている。SP3にもマイクロソフト社製のXboxという強敵がいる。Xboxは汎用コンピュータを使ったアーキテクチャでSP3に挑戦している。果たして、SP3という新しいアーキテクチャがマルチメディア処理用の主流として認知されるだろうか?それともPS3用の専用として留まるのか?
筆者の希望としては、非常に重要な技術開発であるだけに、ソニーだけに任せずに、多くの企業・研究所が競争して取り組んでほしいと思う。いや取り組んでいるに違いない。
たとえば、独立行政法人 産業技術研究所 デジタルヒューマン研究センターではヒューマノイドロボットのための実時間分散処理システムの高性能化に取り組んでいる。あたらしい実時間・並列処理アーキテクチャ基づくRMTP(Responsive Multi-Threaded Processor)にも注目したい。