2008年8月アーカイブ

 SME(Small and Medium-sized Enterprises)用ロボットの開発目標は中小量生産向けで、生産を短時間で立ち上げられるロボットシステムの開発である。LWRが何故そのシステムに有用なのか、開発者の主張点をまとめてみる。
 LWRでは、その関節にトルクセンサを組み込んであるのでアームのどの部分を触ってもアームを動かすことができる。オペレータはロボットに装着したツールを掴んで作業順序にそってツールを案内(=Lead-Through )できるので作業教示が短時間でできる。Lead-Through Programming では教示をするオペレータと教示されるロボットが同じ領域に存在することになるので、オペレータの安全保証が必要になる。そこで、アームのどの部分を触ってもアームを動かせる特性(Sensibility along the entire arm structure)がオペレータの安全確保に役立つ。

 以上がSME用ロボットにLWRを使う理由の大部分であると思われる。関節トルクセンサを組み込むことでロボットが高価になっても、生産を短時間で立ち上げられるというメリットの方が大きいと開発者が判断したものと思われる。

 LWRは最初は人とロボットが一緒に働くサービスロボットを目標として開発されたらしい。しかし、サービスロボットの利用市場がまだ未成熟なため、ニーズが多くない。そこで、SME用のロボットとして使うことを先行するニーズとして捉えて、利用方法を考えているように思われる。はたして、SMEにLWRのニーズはあるだろうか?今後、注目してゆきたい。

 関節トルク制御のサーボをどのような伝達系、減速機で行うのかという問題もある。力制御を古くから研究しているスタンフォード大学のProf.Khatibはいろいろな伝達系を試みをしている。最初はPUMAロボット(1から2段の歯車減速機)。次には1段で1:30程度の減速比が得られる特殊歯車(バックドライバビリティを重視)。最近ではワイヤー駆動方式(アームの軽量化を重視)を研究して十分な力制御特性を実現したようである。ワイヤー駆動方式ではモータをアーム側に設置せずに、台座に固定してワイヤーで関節まで動力を伝達するのでアームが軽量化できる。Barrett Technology社のBarrett armはワイヤー駆動方式の高速ロボットとして有名で研究用として市販されている。しかし、実用機で必要とされる耐久性が問題である。特にワイヤー式はエレベータの例でのわかるように頻繁なメンテナンスが必要で、産業用ロボット用としては向かないかもしれない。実用化にはワイヤーケーブルの耐久強度の一層の向上が必要になろう。小型軽量という面ではハーモニック減速機は有効ではあるが低剛性、大きな起動摩擦、バックドライバビリティの低さ、耐久強度の低さの面で問題も予想される。しかし、LWRでは十分高速な力制御特性を実現している。耐久性についても色々と改良が進められ、小型の産業用ロボットでは広く使われ始めているようであり、大きな問題は無いのかもしれない。LWRではハーモニック減速機の低剛性を補償するために減速機の後にも回転角度エンコーダを入れているようである。歯車式で高減速比の減速機で高剛性、低起動摩擦、バックドライバビリティの良さなどで評価されている遊星歯車型減速機がある。DLRではLWR1(試作1号機)で遊星歯車型減速機を採用したが、LWR2(試作2号機)、LWR3(試作3号機)ではハーモニックドライブに変更した。理由は不明である。市販の産業用ロボット(位置制御型)の多くはRV減速機のような特殊歯形減速機構を使っているが、この減速機を使った力制御性能に関しては筆者は良く知らない。RV減速機の伝達効率(90%)はハーモニック減速機のそれ(70%)より良いので、それなりの性能が得られると思われる。ファナックが商品化した知能ロボット(力制御可能)の減速機は何を使っているのだろうか?制御の応答性はLWRと比較してどうであろうか?興味は尽きない。

  接触制御方式として、関節サーボのメインループに位置制御系を採用し手先設置の力-トルクセンサを使うか、あるいは関節サーボのメインループにトルク制御系を採用し関節トルクセンサを使うか、の選択の問題がある。それぞれ一長一短がある。何を重視するかという観点で選択が決まる。前者にはファナックの実用例があり、既に商品化されている。
 価格や力制御精度を重視すれば、力-トルクセンサ方式が良いだろうし、接触制御の高速性、アームとの接触安全性、センサの頑丈性を重視するならば関節トルクセンサ方式が良いのではないか?筆者は、手先の力やトルクを制御するならば、本来、関節サーボにはトルク制御を採用するのが筋ではないかと感じる。ロボットの運動モデルを使った運動性能の向上がやりやすいと思われる。

 参考:産業技術研究所の松井俊浩氏は、力-トルクセンサ方式でも位置制御系のサーボサイクルを速くすれば、十分速い力制御特性を実現できると述べている。

 LWRは従来型の産業用ロボットを導入してもペイできない分野で使うことを目標とした。つまり、生産の立ち上げがより短時間で行えるようにして、生産のタイミングを逃さず、少量生産でもペイできるロボットにする。周辺設備を極力少なくして、設備にお金をかけなくて済むようなロボットにする。そのためには、ロボットは従来型よりも多少は高価であっても良い。
 この分野で需要が出てくれば、LWRの生産量が増えて価格も下がり、次には量産ラインでも使えるようになるという開発戦略ではないか?
 一方、関節トルクセンサーではなく、手先に力-トルクセンサを装着した(ファナックが商品化したような)ロボットで同様な効果が得られるならば、こちらの方がロボットの価格は安いだろうから、LWRが勝てるとは限らない。
 LWRが勝てるとすれば、インピーダンス制御による接触作業が数倍の高速でできるとか、ロボットを関節単位で手で動かせるという能力が生産の立ち上げの短時間化に効果的であるとか、作業者とロボットが作業領域を共有・協調して作業できるとか、であろうか?


 LWRはドイツの航空宇宙研究所が開発した新世代産業用ロボット(関節トルク制御方式)であり、SME(中小量生産)向けに開発されたものである。基本的には米国Robotics Rsearch社のロボット(K-*i型)と同じ設計コンセプトであり、その改良版とも言える位置づけのものだ。しかし、その動きをWebビデオで見る限り、LWRのほうが実用的な性能(速さ、加減速度、騒音、大きさ、扱える質量など)は相当に高まっていると思われる。(参考:LWRのビデオ、およびRobotics ReserachのK1207i ロボットのビデオ
 日本では関節トルク制御方式のロボットで商品化されているものはまだ無い。

LWR.jpg

 写真:KUKA社製のLight-weight robot。SME robot のDownload ページのSafety in Human-Robot Interactionから引用。ロボットのどの部分を押しても動かすことができる。KUKA社はこのロボットをまだ社内で評価中で、市販はしていない。

k1207i.jpg

 写真:LWRとほぼ同サイズのRobotics Research社製のK-1207iロボット。同社のWebビデオから引用。LWRと比較すると(製造年が10年も前だけに)、加減速度は低いし、騒音も大きいように見える。NASAやFord Motorsで一部実用されたようだ。

 1.ねらい
  1)手で押して容易に操作できるロボット(教示が感覚的にできる)
  2)ロボットのどの部分が人に当たっても大きなダメージを与えないロボット
   (ロボットと人の作業領域のオーバラップがある程度可能)
  3)ツール端での高速なインピーダンス(またはコンプライアンス)制御特性
  4)軽量・大可搬量のロボット(可搬質量≒ロボット質量)
  5)7軸で器用なロボット(教示作業が簡単化)
  6)関節駆動構造のモジュラー化により低価格化が可能

 2.構造
   米国Robotics Rsearch社のロボット(K-*i型)との共通点は;
  1)7軸
  2)関節駆動系の構造
    ハーモニックドライブ、モータ、ブレーキ、回転角エンコーダ、関節トルクセンサ(歪みゲージ式)が一体化
  3)関節内に関節ごとのサーボコントローラ(DSP使用)とモータドライバを分散配置
  4)ハーモニック減速機とモータ回転軸の中空軸心にドライババスと情報通信用のLANケーブルを通す。
  5)関節トルク制御方式のインピーダンス制御

  LWRの進化したところは;
    ・アームは炭素繊維強化プラスティックスで軽量化
    ・モータの小型高出力化
    ・ハーモニックドライブの出力側にも回転角度エンコーダを配置(減速機の低剛性補償?)
    ・関節サーボコントローラと運動制御用コントローラとの情報通信用に光LANを採用(注1)
  注1:日本で発表されているヒューマノイドロボットは、まだLANを採用していないようだ。産業技術研究所で現在開発中の「ヒューマノイド・ロボットのための実時間分散情報処理」システムでは採用される予定

 3.特徴
   Robotics Rsearch社のロボットと共通の特徴は;
    ツール端に力ートルクセンサを配置したインピーダンス制御に比較してインピーダンス制御の応答速度が向上し、嵌め合いなどの作業速度が数倍に高速化。
    アームのどの部分を触ってもアームを動かすことができ(Sensibility along the entire arm structure)、低速での接触ならば人体を傷つけることは少ない。人と作業領域をオーバラップしても安全性が高い(ただし、高速移動状態での人との接触はやはり危険)。
   LWRの特に優れた点は、ロボット質量と同じ質量を扱える点。従来の小型ロボットはロボット質量の1/5から1/8程度の質量しか扱えなかった。アームに炭素繊維強化プラスティックスを使った以外にも、減速機に高減速比のハーモニックドライブを使ったことが自重の軽量化に貢献したと思われる。

 4.問題点
  1)Robotics Rsearch社のK-*i型ロボットは発表されてから既に15年程経過しているのに、いまだに産業用ロボットとして量産に入っている様子が無い。試験用アームとしての位置づけを出ていない。コストパフォーマンスが有利になるアプリケーションが産業用分野では見つかっていないのではないか?数が出ないので、価格が下がらないことが問題だと思われる。LWRはRoborics Rsearch社のK-*i型ロボットより進化していると思われるが、これも発表以来4年程度経っている。関節駆動系にセンサを多用していること、アーム材料に炭素繊維強化プラスティックスを使っていることなどでロボットが高価格になっている。実用的なロボットにするためには再設計が必要であろう。KUKA社の製品として製品化(市販はされていない)されているので、将来には改良されるのではないか?
  2)筆者の知識不足かもしれないが、ハーモニックドライブが産業用ロボットのような激しい使用環境で長期のMTBF(故障発生までの平均時間、スポット溶接用ロボットの場合10万時間)が要求される用途に適切な素性を持っているかどうかという点が心配である。今後の耐久性面での改良が鍵を握ると思われる。筆者としては別種の減速機として遊星歯車減速機なども検討する価値があると思う。

 EUが新世代産業用ロボットの研究プロジェクトを継続し成果をあげているようだ。先日ドイツのミュンヘンで開催されたAutomatica 2008に出展した内容とその関連技術がWebサイトに詳しく発表されているのを見つけた。以前筆者も研究したことがある関節トルク制御方式のロボットアームが要素技術の一つとして使われているのを知って興奮を覚えた。 翻って日本はどうか?サービスロボットに開発資源を集中投入して、産業用は企業に任されている感じがする。少し心配である。
 EUは新世代産業用ロボットに開発資源を注入しており、大量生産ライン用であったロボットを中小企業(SME:Small and Medium-sized Enterprises)が使うのに適したものにする研究を熱心に行なっている。 SMEロボットの開発のターゲット、シナリオが短いビデオにまとめられている。(しかし、これは目標(期待)であって、その技術がすべて完成したということでもないようであるが。) 

 SMEロボット技術は生産量の少ない仕事にも、産業用ロボットが効果的に使えるようにする技術である。それは上記のビデオを見れば理解しやすい。例えば、ロボット教示が簡単で直感的にできる。ロボットのプログラミング言語を学ぶ代わりに、オペレータはロボットに装着したツールを掴んで作業順序にそってツールを案内(Lead -through)し、ロボットがすべき作業を「Speech」または「グラフィックユーザインターフェース」で与える。このため、人と同じ作業領域で、協調して働ける(教示作業など)安全ロボットを開発する。
 これにより、素人でも簡単に教示でき、すばやく仕事が開始できる。設備構築から生産開始までの準備時間が3日以内に終わるようなシステムの開発を目指す。
 従来の産業用ロボットが不得意とするこのような特性がもし可能になれば、産業用ロボットが新しい発展を始めるだろう。

 教示時間を短縮する技術の例としては、
 1) ロボットの関節にトルクセンサを組み込んだ安全ロボットを開発することによって、ロボットの手またはツールを人間が持って案内(Lead-through)できるようにする。
 2) 3次元視覚センサを使った物体認識により、ビンピッキングなどができ、部品供給装置が簡単(または不要)にできる。また、関節に組み込んだトルクセンサを使った接触探り動作プログラムにより、組み付け(嵌め合いなど)の教示などが簡単にできる。
 3) 部品のCADデータを用意することで、例えばバリ取り作業のために作業点上の数点を代表点として教示すると、軌跡が自動生成され、直ちにバリ取り作業を開始できる。

 などがある。特に、ドイツ航空宇宙研究所(DLR)で開発された関節にトルクセンサを組み込んだ軽量小型7軸ロボット(LWR: Light-weight robot)は、その価格を別にすれば上記のSMEロボットの目標仕様に沿ったものであり、将来その低価格化が期待される。

  写真:"DLR light-weight robot" by German Aeropspace Center、IEEE Robotics and Automation Magazine ,June 2004,pp.12-21から引用

 その外にも、Worker's third hand(作業者の第三の手)、Five minute robot programming、Plug-and-produceなどの概念に沿った色々な技術が発表されている。このうちPlug-and-produceとは、個別のツールやセンサをロボットに取り付ける(Plug)と、ロボットコントローラがその仕様を判断して、ロボットが直ぐに作業に取り掛かれるようにコントローラを自動的にビルド(再構築、produce)する仕組みである。これは日本の企業でも既に実施している例がある(Plug and play)。
 現状の産業用ロボットの利用がなかなか広がらないのは、プログラミングなどの生産準備に時間がかかり過ぎ、生産を短期間で立ち上げるのが難しい、生産の切り替えに時間がかかるなどが主な原因だけに、EUの取り組みは的を獲ている。特に、素人でも作業の教示が簡単にできる(究極的にはプログラミングレスできる)ようにするアプローチは筆者には新鮮であった(筆者はCGデータをベースにしたオフラインプログラミングで問題が解決できるのではないかと考えていた)。 しかし、SMEロボットがこの大問題を既に解決したとは言えず、未解決な問題が多く残っており、今後の長期の取り組みが必要とされるはずである。

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